グラバー園がファンタジックになります。

June 18th, 2005

 「グラバー園はもう飽きたね」とおっしゃる方がいらっしゃいます。長崎といえばグラバー園(かつては「グラバー邸」と呼ばれていました)が観光の目玉で、日本人で知らない人はまずいないでしょう。それだけに「飽き」がきたといわれるのも肯けます。そこで、「長崎さるく博」では、来年の本番、アッと驚くグラバー園魅力アップ計画を立てました。 Read the rest of this entry »

約70テーマの「長崎学さるく」がまとまってきました。

June 18th, 2005

 「長崎学さるく」は、長崎ならではの「話」を、研究者や当事者にお話ししていただき、それを楽しみながらまち歩きをしてみようというものです。
 例えば、去年は4つのテーマでやりました。その中で、驚いたことに、料亭富貴楼での「卓袱料理とお座敷遊び」には、18000円という参加費にもかかわらず、1週間で申し込み定員オーバー。当日は松森神社に少しの男性と着飾った多くの淑女が集まって、「こんな体験したかった」と大はしゃぎでした。なにも芸妓遊びを宣伝しようというのではありません。長崎食文化の一端を市民生活として楽しもうという提案なのです。今年は、富貴楼に加えて、花月、橋本、松亭(お座敷遊びなし)の4料亭が名乗りを上げてくださいました。 Read the rest of this entry »

42の「長崎さるくマップ」ができてきました。

June 18th, 2005

 42の「長崎遊さるく」(マップ片手に自由なまち歩き)と「長崎通さるく」(ガイドさんつきまち歩き)のコースマップが、次から次へと出来上がってきました。長崎さるく博では、このマップが命です。東京の出版社や旅行会社ではできないものを作り出さねばなりません。それには、地元市民の知恵と感性を結集します。物知り、うんちく派、いっちょかみ、皮肉屋はもちろんのこと、無関心派の地元民を巻き込んで、コースルートやマップ記載の可否、地図のデザインまで、なんやかやと1つのマップに数ヶ月の労力・知力を費やして、やっと完成です。 Read the rest of this entry »

愛知万博と違うこと

June 17th, 2005

 愛知万博が目標集客1500万人に向かって1日平均8万人を超えるペースで盛況を誇っています。それにしても1970年の大阪万博が6421万人を集客したのと比べると「万博衰えたり」の感は否めません。相変わらず大型映像や体感映像のオンパレードですが、もう飽きたという人が多いのでしょう。現実に、記念のために行ってはきたが、1、2時間並んで映像を観る興味がなく、すいていた政府館にだけ入ってきたという人が私の周りに3名もいます。私も仕事柄観ておかなくっちゃと思っています(BIEへの申請の時には関わりましたから)。
 長崎さるく博は、名前に「博」とついていますが、愛知万博とは全く違う種類のものです。第一、フェンスでの囲い込みがなく入場料もありません。だから「会場」もなくパビリオンもありません。こんなイベントをわざわざ「博」と呼ぶ必要がないとも思いますが、長崎というまちを博覧する(詳しく広く見せる)という意味では「博」はピッタリな名称でもあるのです。 Read the rest of this entry »

長崎さるく博2004報告

December 31st, 2004

2004プレイベントでわかったこと

 博覧会の本質にかかわる2つの不安(前記´◆砲鯤えながら、今年の10月23日から1ヶ月間、本番2年前のプレイベントに突入しました。一般にプレイベントといえば、本番イベントへ関心を高めるためのPRです。もちろん「さるく博」でも、4月末に発足した推進委員会総会で博覧会の名称や概要が決定されてからまだ6ヶ月、実施内容が承認されてから2ヶ月ほどですから、市民の間でも知名度が低く、はやく名前を売りたいという思いがありました。9月の推進委員会総会では「市民は誰も知らない」とお叱りを受けたほどです。
 しかし、「長崎さるく博」では、もっと重要なチェックポイントがありました。「まち歩きが博覧会になるか」、つまり、長崎のまちは歩いて本当におもしろいか、をまず確認しなければなりません。そして、「市民が本当にやるか」、つまり市民に任せてよいかです。 Read the rest of this entry »

長崎さるく博2004報告

December 30th, 2004

∋毀韻本当にやるか、という不安

 あえて言うと、「長崎さるく博」は市民社会の理想を追求した“青っぽい”博覧会です。市民が主役といって、本当に主役にしているのですから。市民が自分のまちを主導するなんて、カッコイイじゃないですか。しかし、現実にはこんな危険なことはありません。市民なんて無責任なもので、口ばっかりで何もやってくれない、と思われていた時代がいままで続いていましたから。 Read the rest of this entry »

「長崎さるく博」2004報告

December 30th, 2004

 2004年の「長崎さるく博」についてご報告します。
 
 「長崎市民ならうまくやる」なんて書いたけれど、実のところ、とても不安なまま2004年10月からの2年前プレイベントに突っ込みました。 
 なぜ不安だったのか? 理由は2つあります。,泙訴發が博覧会になるか、という不安 ∋毀韻本当にやるか、という不安です。

,泙訴發が博覧会になるか、という不安 Read the rest of this entry »

長崎市民ならうまくやる

June 5th, 2004

 「長崎さるく博」は、なにはともあれ市民がやる「博」であることを書きました。一言で言えば、自分たちの住み心地をよくするには自分たちがやるしかない、ということです。それをやることで長崎には市外からも多くの人々が訪れてくるようになります。「長崎さるく博」の仕組みは、そうなるように考えてあります(考えたのも市民です)。 Read the rest of this entry »

長崎にとって「市民主体」とは

June 5th, 2004

 「長崎さるく博」は、囲い込み型でパビリオンを見て歩く博覧会とは違います。あえて言えば長崎の町が会場で、居留地や出島や丸山がそのままパビリオンになります。ホンモノの生きたまちそのものを「歩いて(さるいて)見てもらう」のがこの「博」の手法です。近頃ではこの手法は特に目新しいとは言えなくなりました。事始めは1993年の「アーバンリゾートフェア神戸’93」ですが、いまではあちらこちらで採用されています。ただし、10年前といまとで決定的に違うことは、「市民主体」を徹底させることです。この「徹底」を意識したのは、今度の「長崎さるく博」がはじめてのことといえるでしょう。このことはコメント氏の書いておられるように「超保守的な長崎市民」を相手にしてかなり危険な、つまり失敗しやすいことだともいえます。このようなイベントは失敗すると目も当てられません。でも、しかし、「長崎さるく博」は「徹底的に市民主体」でなければならないのです。 Read the rest of this entry »

「市民主体」とは

June 5th, 2004

 前稿から1ヶ月経ってしまいました。もちろん「長崎」が多忙で、ブロッグを書き進める時間がなかったのです。この間、前稿に対して「長崎市民は超保守的だし、行政には何度となく一杯食わされていますから」というコメントをいただきました。実は、前稿で「長崎さるく博のやり方に重要なポイントがある」と書きましたが、それはまさに「市民」に関することなので、ここで少し長文になりますが、市民に対する私の考えを書きます。 Read the rest of this entry »

パビリオンは「さるくコース」〜わからんまち体験〜

May 5th, 2004

 「長崎さるく博」のパビリオンは「さるくコース」です。長崎の「さるくコース」は、約30コースあります。つまり、長崎の都市を約30に分割して、訪れる人に楽しんでもらおうとしています。それがパビリオンを訪れて楽しむのと同じような感覚です。 Read the rest of this entry »

さるく―長崎流都市観光の仕組み

May 5th, 2004

 「都市の記憶」は、その都市を歩いてみるとよくわかります。
 16世紀半ば、交易と布教のために日本にやってきたイエズス会のポルトガル人たちは、当初、平戸に拠点を置いていましたが、やがてそれを長崎に移したのでした。その理由は、平戸の松浦氏と布教上の不一致があったといわれていますが、平戸に比べて長崎が良港だったこともあるのでしょう。長崎の戦国領主だった長崎甚左衛門は、大村忠純の家臣でしたが、永禄6年(1563)、主従そろってキリスト教に入信しています。その大村氏、長崎氏が、ポルトガル人が目をつけた長崎浦を彼らに提供し、こうしてただの寒村が一大貿易港として歩み始めることになるのです(元亀元年1570)。 Read the rest of this entry »

長崎は「さるく」である。

April 25th, 2004

 「長崎さるく博」の「さるく」とは、「歩く」という意味です。もちろん方言で、長崎人に言わせると「若い人は使わないかもしれないが、あっちこっちほっつき歩くということ」だそうです。理屈っぽく言うと、「興味にまかせて歩き回る」ということです。 Read the rest of this entry »

注目!『長崎さるく博』。

April 22nd, 2004

 さて、「観光」の情況が激変するなか、長崎は2006年に『長崎さるく博』をやると、4月21日に推進組織をつくって公式に表明しました。また「博」なの? 「何なのそれ?」 Read the rest of this entry »

市民主体の観光は可能か

March 20th, 2004

 市民主体の観光は可能か。これは、とても変なタイトルです。そもそも観光というのは、出かけるのも、受け入れるのも市民がやる行為であって、行政がしゃしゃり出るものであはりません。ところが、観光客を受け入れる行為に、近頃は、なんだかんだと行政が表に出てくるのです。いわく、観光行政、観光による地域の活性化です。 Read the rest of this entry »

┘曠好團織螢謄の勘違い

February 24th, 2004

 いま、「ホスピタリティで観光活性化を」というテーマで、あちらこちらで議論が展開されています。ホスピタリティという言葉の響きがよいのでしょう、かつての「歓迎」が引っ込んでしまいました。「観光」と「ツーリズム」の関係とおなじですね。そこで、単なる歓迎とは違うという解釈で、「観光客には笑顔を絶やさず親切に」ということになり、 Read the rest of this entry »

Т儻についての日本人の意識

February 24th, 2004

 「日本の田舎の人は外国人の旅行者にとてもフレンドリーだと、外国の若者はよく話している。これは、市民として来訪者を受け入れる文化が育っていると考えてよいか」という質問をいただきました。これは、微妙な問題です。 Read the rest of this entry »

Υ儻行政の曲がり角

February 21st, 2004

 「観光とまちづくり(1)〜(4)」をお読みいただけましたか。観光は、間違いなくこれからの地域を支える基幹産業です。世界から、アジアから、日本の各地へ多くの観光客が訪れるようになるはずです(そうでなければ、日本の地方は単なるアジアの田舎です)。ところが、 Read the rest of this entry »

ァ峇儻」は「まちづくり」になるか(4)

February 21st, 2004

 観光による住環境の高度化という、経済一辺倒の高度成長期にはまったく気づかなかった観光の役割を理解していただけましたか。観光というと、外からやってくる人たちのためばかりでなく、うちに住む人たちのためでもあるんです。
 もうひとつ、これはもっともっと観光を活用すべき大都市・中核都市に申し上げたいのですが、 Read the rest of this entry »

ぁ峇儻」は「まちづくり」になるか(3)

February 21st, 2004

 ちかごろ「観光」の質が変化してきたということと、「まちづくり」にはどのような関係があるのでしょうか。「名所旧跡温泉宴会観光バス」という観光から「人生の幅を広げる」ツーリズムへ、観光が個人化しているという変化です。ここでは観光とツーリズムを対比させていますが、言葉の意味は本来おなじことで、観光という言葉が少々手垢に汚れてきたことから、 Read the rest of this entry »