「長崎さるく博」が成功したのは (1)合意の形成

「長崎さるく博」が、すべて、終わった。2月20日に推進委員会の総会が開催され、事務局から事業報告と決算報告がなされて、私が「総括」を述べて、終わった。長崎市役所観光課の田上氏から一通のメールをもらって始まったこのイベントが、3年と2ヵ月ほど経過して、終わった。いまや「長崎さるく博」は各地に伝播して、函館でも横浜でも大阪でも、多くの都市で「同じようなことができないか」という模索が始まっている。いくつかの都市では実際に実現されそうだ。九州では各県都市が連携してこの秋に「九州さるく」をやるそうな。よかった、よかったというところだけど、単に「まち歩き」のかたちだけを真似ても、うまくいくはずがない。そこのところを、どうせやるのならうまくやってほしいから、包み隠さず「まち歩き」のノウハウを書いておく。

その第一は、合意の形成である。「まち歩き」なんて、なんども言うけれどいつでもだれでもできる。しかし、そこに住む人々が、市民(という言葉を一応使っておくが)が「多くのよそ者にわがまちを歩いてもらいたい」と思わなければ、「歩いて楽しいまち」が出来上がるわけがない。ところが、普通は「よそ者にうろちょろされたくない」と、市民は思っている。まず危険だし、うるさい。ほかにも観光客を拒否する理由は山ほどある。私は「観光」をプロデュースするにあたって、日本中で「観光需要はほしいが、観光客に荒らされるのはイヤだ」という一見矛盾した考えにどれほど悩まされてきたことか。実は、国内観光の最大の問題はここにあると思っている。「観光客の入るところはここまで、ここからは市民の場所」というようにはっきりと線を引いて観光客を「区別」するのが当たり前。日本の観光地はこのように出来上がっている。観光客が市民生活に入り込むなんてとんでもないことなんだ。こんな考えでは「まち歩き」は成立しない。無理やり成立させようとすると、いわゆる観光施設を線で結んだコースになる。点から点を尺取虫のように歩くのが「まち歩き」と称されて設計されている。これは違う。「まち歩き」は「まち」を歩くことがテーマでなければ面白くない。「まち」とは「市民の日常生活の場」である。

長崎には、長崎観光を「まち歩き」へ転換することに、かなり強い合意が成立していた。都市観光再生のためにほかに方法がなかったということが本音であるが、私が長崎市から「まち歩き」の計画を聞かされて口にした言葉が「ほんとにそんなことを考えているの? そこへ踏み切る自治体はなかったんだけど」ということで、正直、信じられなかった。そこで、その真意を確かめるために長崎へ飛んだ。

 

 

 

 

One Response to “「長崎さるく博」が成功したのは (1)合意の形成”

  1. 感謝する事の意味 Says:

    帆船 海王丸 『ごきげんよう』・・感謝!!…

    長崎港で行われていました、長崎帆船祭りが本日で終了しました…

Leave a Reply