「長崎さるく博」もうすぐ閉幕ですが思い出す言葉

私のブログを読んだ人から「いかにプロデューサーでも、公式ばった発言だけでなく私的な感想も述べよ」という注文をいただきました。「さるく博」も、あと3日ですから、みなさんと交わした忘れ得ない言葉を並べておきます。*「言葉」は発言そのままではありません。私がこのように聞いたということです。

「さるく博が終わったら、その後で、追随する都市が必ず現れる」                これは、伊藤一長市長が3年前、プレイベントが始まる頃、何かの会合で発言されているのを新聞で読んだ言葉です。「さるく博」なるものが、まだまだ得体知れず、内容も十分に理解されていなかった頃、開催市の首長がここまで言い切ってくれたことが、うれしかった。覚悟というか、もう逃げられないというか、そんな気分になった。

「私は全部歩きます」                                            これは1年前のプレイベントの始まる前、推進委員会の松藤会長が、委員会総会の会場で私に言われた言葉。毅然として言い放たれたことが、なぜか鮮烈に響いた。「そうか、これは歩く博覧会なのだ」と、いまさら確認した。同時に、みんな歩いてくれるだろうかという不安も頭をよぎった。私は無言で頭を下げたことを覚えている。プレイベント終了後の委員会で、松藤さんは「全部歩きました」と、これは演壇で話された。その迫力に自ら鞭打った。

《ここまでは実名入りですが、以後は名前を伏せます。もっとプライベートな領域に入りそうなので。しかも、思い出すまま、できるだけ時系列を追って。しかも私は未だに長崎弁ができず、セリフがぎこちないのは平にご容赦を》

「だまされたとしても、ずっとこのままだまされるしかなか」                   本番開幕1年ほど前、市民プロデューサーの会合を終えて、私が誰にというわけでなく「このままでいいんだろうか」と問いかけると、ひとりの市民プロデューサーがこう言った。「だまされたかも」は、もちろん親しみをこめた比喩的表現だけど、 「もし、どこかで間違ったら、詐欺的な行為をやったことになるのかも」と、その日の夜、私はその人の言葉を反芻した。イベント・プロデューサーの宿命だけど、今度の博覧会は確信部分が少なく、もしかしてと考え込むと胃がきりきり痛んだ。 

 「さるく博は理屈っぽいことが多いので」                                                   テレビCM案の審査会で、最終的にスラプスティックな(ドタバタしたこっけな)案に決まりそうになっっていたとき、こんなドタバタでいいんだろうかと全員に迷いが生じた。そのとき、ひとりの市民プロデューサーがこう言った。「さるく博は、とかく理屈が先行している。もっと楽しいイメージをつけるためにも、これくらいやらないと」と彼は言う。そうなんだ、都市観光だ、まち歩きだ、市民参加だ、と難しいことが多すぎた。「楽しい長崎」をもっと言わなくっちゃ、と猛反省。この後、私から理屈っぽい発言は、回数が減った(はずである)。

「ここまできたら、成功やと言うてもいいけん・・・・」                                   昨年の暮れ、年が明ければ一気に本番に向かうというころ、「さるく博」への盛り上がりは感じるのだけれど、これからどうなるという確信はなにもなく、いまになって「なにもかも初めて」の重みがどっと身に堪えてきたころ、「ここまでみんなの関心が高まって、いままでの一過性の博覧会とは違うことをやりそうだという理解も出てきたので、その点では成功している」と言う意味の、ある市民プロデューサーのこの言葉が私をどんなに勇気づけたことか。

「名誉をかけて、やろうぜ」                                                    勇ましい発言だが、オープニングナイトの準備で市民プロデューサーが高校生の出演グループとやり取りしているときに、高校生のひとりが言い放った。演技の練習に負担が大きく、また大観衆の前で演技を披露するプレッシャーもあって高校生の中に出演を辞退する動きが出てきた。しかし、この言葉で十人ほどの生徒が出演を決意し、ペーロンをイメージした演舞をステージで立派にやり遂げた。彼の落ち着いた言葉が今でも忘れられない。

「どんなに寒くても、気持ちは熱か」                                              4月1日のオープニング・ナイトは水辺の森公園に寒風が吹き、観客席は凍えそうだったが、多くの市民が最後まで席を立たなかった。出演者の中には薄着の夏衣装の子どもたちがいて、「寒いけれど頑張ってね」と、ありきたりの激励を送ると、逆にしっかりした声でこんな返事が返ってきた。大人びたセリフだけど、素直に聞こえた。いまでも、ありがとうと言いたい。 

「あの中の茶屋が大混雑している」                                              ゴールデンウィークは、期待を裏切らなかった。私と道端でであった市民プロデューサーが私にいろんなことを報告してくれた。「丸山が浜ん町になった」とは誇張だけど、その時の気分がよくでている。「ホンシャン(旧香港上海銀行)に人があふれている」もこのセリフもそうだ。この期間、私もずっと上気していた。

「長崎のまちばさるくだけなのに」                                                    あまりにも多くのひとがまちを歩き始めたので、「なんでこんなにひとがいるんだろう。長崎のまちばさるくだけで」 と、冗談風に言った人がいた。「長崎のまちばそげんおもしろか」と、自慢げだった。こんな状況になるかどうか神のみぞ知ると言うことだったが、神は見放さなかった。「さるく博」は実現した、とそう思った。

「私もそうです」                                                            ゴールデンウィークを終えて一段落したころ、市民チームと飲みにいった場で、原爆の話がでた。長崎のひとの中には、直接の被爆でなくとも、原爆の何かの影響を受けているひとが多くいるという。例えば、昭和20年の夏に子どもだった母から生まれたひと、母の胎内でその日を迎えたひと。祖父や祖母がその時長崎にいたというひと。だから、結婚や出産が現実的に怖いというひとが多くいる。飲み会の場で誰かが「勇気をもって生きなくっちゃ」と紋切り型の「激励」を送ったとき、「わたしもそうです」とひとりが後遺症の現れている自分の皮膚を示した。いまここにある原爆の現実を知った。衝撃が私をおそった。ここは長崎なのだ。そういう人たちににとって「さるく」でいいんだろうか。その場は楽しい飲み会で終わったことがとりあえずの救いだった。

「どんなに暑くても、お客さんがいるかぎり、ダイジョウブ」                               8月の暑い日、南山手の垂直エレベーター前で、外国人のお客様を案内しているガイドさんに出合った。「暑いのでバテないでください」と声をかけると、ガイドさんは「なんのなんの、お客さんがいるかぎり、ダイジョウブ」と、英語風におどけてみせた。「そう言ってもらえるとうれしいんだけど」というと、「サンキュウ、サンキュウ」といながら「元気、元気」と胸をたたいてみせた。私は逆に胸がこみ上げてきて、手を振って分かれた。本当に素晴らしい人たちだ。

「長崎で生まれて、所詮のぼせもんですから」                                       顔見知りの市民プロデューサーでありガイドさんであるひとに、夏のさかりに「ほんとにお世話になります」とお礼を言ったら、少しテレ気味で、汗をふきながら「のぼせもんですから」という返事が返ってきた。彼は、それからもよくこのセリフを言う。彼は自嘲気味に言うが、反面、自信を感じる。羨ましく思う。「のぼせもん」という言葉が長崎によく似合っている。

「長崎の水辺に太鼓の響きがよく似合うでしょう」                                    「真夏のわからんナイト」で市民プロデューサーがこうつぶやいた。大体どの地方でも「太鼓」はイベントの定番になっており、全国の夏の観光地を演出するものだけれども、ここ長崎にはそれがない。長崎は「和・華・蘭」の混在が主役であって純粋の「和」は意外に少ない。花月や中の茶屋の庭をみても純日本庭園とは趣がどこか違う。夏のイベントに太鼓がないのもそのせいだろう。しかし、やってみると、しかもこの水辺の森公園では太鼓が確かに映えている。龍踊りが出てきたから純和太鼓の世界ではないが、それでも出雲の八岐大蛇の太鼓が違和感なく見れた。なんでも取り込む長崎力だろうか。来年からもこの太鼓の舞台はここに残って欲しい。それほどすばらしい出来だった。

「通さるくの通は、心が通いあうの通ですね」                                        ガイドさんのおひとりから、88歳の男性とさるきましたというメールをいただきました。亡くした妻の実家が南山手にあって若い頃よく遊んだという老人とゆっくりさるいたそうです。夏の終わりの頃です。そのメールに書かれていた言葉がこれですが、「通」は「ものしりのツウ」のつもりだったのですが確かに「通じあうツウ」でもありますね。また、その意味のほうが「さるく博」らしいかもしれません。教えられました。

「ふたりでやってます」                                                       まちをさるいていると、私はガイドさんによくお会いします。通さるくの途中であったり、終了後で出会ったりします。そのなかに「ふたりでやってます」と自己紹介される方々に何組かお会いしました。ご夫婦で何組か、親子でも。ほほえましいというより、ほんとにありがたい。こんな形のガイドさんは長崎だけだ。最後までrがんばってほしいし、「ふたりさるく」を楽しんでほしい。長崎のカップルさるくガイドさん、ばんざい!

「水辺の森が全部人で埋まった。すごかった」                                       市民大さるくの日の朝、参加者が続々と出発地点の水辺の森公園に集まってきて、広い公園を埋めつくしました。約2500名。残念ながら私は飛行機が遅れてその光景を目にすることが出来なかったのですが、その様子を事務局の担当者がこう話してくれました。花火やショーをやるわけではなく、単に歩くだけのイベントでこの公園が人で埋まったことの驚きと興奮が伝わりました。1ヶ月前には参加申し込みがわずかしかなく心配していたのでよほどうれしかったのでしょう、顔面を紅潮させていました。主催者の気持ちはそんなものです。それにしても、「長崎さるく」が、押しも押されもせぬ長崎景色として地位を得たと、そう思いました。

「逃げ遅れたひとりです」                                                     「さるく博」の一番最初からかかわっている市民プロデューサーのひとりは、ちかごろよくこのようにおっしゃいます。「さるく博」を振り返ると、ヤバイと感じたこともたびたびあったのでしょうか、そのたびに「逃げ遅れた」ので「ここまでやってきた」ということでしょう。笑いながらおっしゃるので、逃げ遅れてよかったということだと、私は解釈しています。この時期に怒気をもってこう言い捨てられていたら、と思うとぞっとします。

「さるく博は漢方薬」                                                        市民プロデューサーのひとりが、「愛知万博は外科手術だけれど、さるく博は漢方薬」という譬えでよく説明をされています。何千億円かけた国際博と15億円の「さるく博」を比較するのは失礼でしょうが、体質改善にはこちらが優れていますという自負で、私にはうれしい名言です。私もときどき使わせてもらってます。

「台風で、まだ部屋がめちゃめちゃなんよ」                                          9月末に、通さるく中に出合ったガイドさんは、私にこう話しかけまし。台風13号の被害の様子はすでに耳にしていましたが、ご本人から直接、しかも通さるく中にお聞きするとは思っていません。声につやもありお元気だったことで安心しましたが、“まだ”という言葉は堪えました。申し訳ないし、「ありがとうございます」と小声で言うのみです。

「こうなったら、もてる力を総動員して」                                            9月末に、「10月にこんなに増便してスタッフは大丈夫なのかい」と事務局の担当者に聞いたら、予約申し込みが殺到しているのでなんとかそれに応えたい、ということで便数を予定の2倍近く増便して、さらに定員を倍の30名にして、というのですから正気の沙汰ではありません。「こうなったらもてる力を総動員して」ということは、事務局員であろうが、日頃電話受付役の女性も休番であればガイドやサポーターにまわってなんとかするという意味です。この時期に緊張気味でガイドしていたら事務局員のガイドかもしれませんが、本人は準備怠りなく一生懸命やりますので少々のとちりは大目にみてください。それにしても、増便を決めた担当者の言葉にはそうすべきだという確信がありました。

「グッドデザイン賞、おめでとう」                                            GD賞をもらったことはこのブログでも書きました。私が、非常に喜んだことも。これに意外な方からお祝いを頂戴しました。10月のおくんちの頃に久しぶりに暖簾をくぐった屋台飲み屋のおやじさんからです。「新聞で読んだよ」とおやじさんが言うと、屋台客は「キャラクターがかわいかったからね」という反応。すかさず「さるくの仕組みがよかということで」と親父さん。私はひっくり返りそうに驚いて絶句。コップ酒飲み干して「ありがとう」とつぶやいて屋台を離れました。「やったね」。ほんとにうれしかった。

「はやいものですね」「来年は?」                                                 竹ン芸のころからは、市民プロデューサー、ガイドさんの誰にお会いしても、この言葉ばかりです。私は、閉幕後や来年のことを語る立場にありませんので、お答えできません。でも、こう言われると、それはうれしいものです。長崎市民の「次をやる気」さえ感じます。「もうやめた」と言われないだけでもよかったと胸を撫で下ろしています。「さるく博」閉幕まであと3日、この間何度となくこの言葉をみなさんからお聞きするのだと思いますが、私は月並みですが「ありがとうございました」と申し上げるのみです。

 

One Response to “「長崎さるく博」もうすぐ閉幕ですが思い出す言葉”

  1. 感謝する事の意味 Says:

    艶やかに『おいらん道中』長崎丸山・・感謝!!…

    人は人に頼って、助け合って生きています。…

Leave a Reply