「長崎さるく博」もうすぐ閉幕ですがM招廚平祐鵑擦鬚笋蕕覆い箸いΔ海

開幕前の不安と「さるく博」の本質についてお話します。「長崎さるく博」は長崎の落ち込んだ観光集客を再活性化することが目的です。しかし、その目的のために「人寄せパンダ」を拒否して「スッピンの長崎」で勝負することにしました(このあたりのことは、私のブログの「長崎の挑戦」を読んでください)。このことは「長崎へ来るべくして来る人を歓迎するが、余分な人は求めない」ということです。このようなやり方は、いままでの日本の観光客誘致活動ではなかった発想です。いままでは、「多少無理をしても可能な限り多くの客を集める」と言うのがセオリーでした。地方博(国際博も)や大型イベントはこの思想に従って実施されていました。さらに「一度集まればまた来てくれるだろう」という思想がくっついて観光誘致イベントなるものが企画されていました。本当にそうなのかどうか、「世界リゾート博」(私が関わりました)の後でも和歌山市が観光の賑わいを維持しているかどうか、「炎の博覧会」の後でも佐賀市がその効果を継続しているかどうか、そしてご当地長崎でも「旅博」の後、継続した何物かがあるかを正確に判断すれば答えは明瞭でしょう。しかし、集客第一のやり方を否定したらどんなやり方があるのでしょうか。「余分な集客はしないが、通常の集客は増加させたい」を言い換えると「なにもしなくともふだんから多くのお客さんに来て欲しい」という一番贅沢な希望であり、それには「ふだんを魅力的にする」という以外に方法はありません。スッピンがすてきだと思ってくれる人が増えれば、来るべくして来る人も増えるのです。

「長崎さるく博」なる企画が成立したのは、長崎ならスッピンで勝負できると見定めたからでありますが、本当にそれで通用するのかは神のみぞ知ることです。しかし、ここで意を曲げて、「人寄せ企画・長崎イベント」をやってしまったら、はいそれまでよで、結局お前もイベント屋であったかと嘲笑のまなざしを受けるでしょう。しかし、この不安はタダモノではありません。そこで気付きました。この不安こそ「長崎さるく博」の本質なのだから、耐えきることがこの博覧会のプロデュースなのだと。少々カッコよすぎる話ですが、本当にそうなのです。

開幕前にまず「学さるく」が好調に予約で埋まってきました。直前になると「通さるく」もまずまず恥ずかしくない程度に埋まってきました。実際、4月はじめの予約が順調に定員を満たすようになったのは当日の2〜3日前で、やきもきしながらでも何とか形が付いてきました。うれしかったのは、長崎県外の人々の出足がよくて3割前後は遠来のお客様で占められたことです。このことで「長崎はやはりスッピンで勝負できるんだ」と自分に言い聞かせたのを覚えています。このもうひとつ煮え切らない状況を一変させたのはゴールデンウィークです。日々暖かさが増すにつれて、多くの人が長崎を歩き始めたのです。県外の人も市外の人も、そして長崎市民も、何かに誘われたように長崎のまちを歩き始めました。実際、人々を誘うものは、長崎のいつものまちだけで、そのほかに特別にあるとしたら、「通さるく」のガイドさんとのふれあいでしょうか(このことの意義は想像以上に大きいものでした。それはいずれ詳しく書きます)。グラバー園も数年ぶりに1日1万人超という入場者数を2日連続で記録しました。復元なった出島も混み合いました。丸山が人気の観光スポットになりました。新地の店には行列ができました。やったね。このころ冗談半分で言い合ったものです、「長崎って、ひょっとすると、おもしろいまちなんだ」って。ガイドさんは誰でもが興奮していました。「長崎を案内することが、これほど楽しいこととは思わなかった」と。長崎便の飛行機は大幅に乗客数を伸ばしてしているし、市内のホテルでは30%も宿泊客が増加したところもあると、うれしい話が飛び交いました。しかし「さるく博」は、7カ月間212日の長丁場。まだ1ヶ月と数日が経過したにすぎません。こんなことが最後まで継続するのでしょうか。あらたな不安が、また頭をよぎります。

 

 

 

 

 

 

Leave a Reply