愛知万博と違うこと

 愛知万博が目標集客1500万人に向かって1日平均8万人を超えるペースで盛況を誇っています。それにしても1970年の大阪万博が6421万人を集客したのと比べると「万博衰えたり」の感は否めません。相変わらず大型映像や体感映像のオンパレードですが、もう飽きたという人が多いのでしょう。現実に、記念のために行ってはきたが、1、2時間並んで映像を観る興味がなく、すいていた政府館にだけ入ってきたという人が私の周りに3名もいます。私も仕事柄観ておかなくっちゃと思っています(BIEへの申請の時には関わりましたから)。
 長崎さるく博は、名前に「博」とついていますが、愛知万博とは全く違う種類のものです。第一、フェンスでの囲い込みがなく入場料もありません。だから「会場」もなくパビリオンもありません。こんなイベントをわざわざ「博」と呼ぶ必要がないとも思いますが、長崎というまちを博覧する(詳しく広く見せる)という意味では「博」はピッタリな名称でもあるのです。1993年に神戸市で「アーバンリゾートフェア神戸’93」をやりましたが、これが都市そのものを博覧するイベントの始まりです。その後、「南紀熊野体験博」(94年)が通産省(当時)認定のジャパンエキスポであるにもかかわらず非囲い込み型の博覧会につながりました。熊野古道ブームのきっかけです。その後は、さまざまな地域活性化イベントにこの手法が用いられましたが、今回の「長崎さるく博」がその集大成としてひとつの時代を区切るものになるでしょう。
 長崎さるく博で愛知万博のパビリオンに当たるものが「まち歩きコース」です。さるく博では42コースを設定しますから42のパビリオンができるということになります。愛知万博のパビリオンは今年の9月に博覧会が終了すると撤去されますが、長崎さるく博のコースは2006年の「博」が終了して消えるものではありません。それよりも、まちは訪れる多くの人を迎えて何年にもわたりますます磨かれてゆくでしょう。この点が愛知万博と長崎さるく博のもっとも大きく異なる点です。 入場者も、愛知万博はおそらく2000万人という膨大な数字を達成するでしょうが、長崎さるく博は、観光客数の現状から考えて期間中は600万人程度でしょうが、毎年、来訪者を積み重ねて3、4年後には累積2000万人を超え、さらに増え続けるということになります。
 費用は、愛知万博はン千億円ですが、長崎さるく博は「博」としては広報費や運営費がほとんどで少ない目のン億円です。なにしろ、愛知万博の事務局は500人を超える体制だと聞いていますが、長崎さるく博の職員はたった15名です。
 42のコース(長崎遊さるく・長崎通さるく)と約70のテーマ別コース(長崎学さるく)は、市民がみずから自信をもって作り上げたものです。パビリオンは映像や展示のプロが巨額の費用をかけてつくったものですが、長崎さるく博では、すでにあるまちの魅力を地元の市民が腕によりをかけて掘り起こしたもので、面白さはパビリオンに勝っています。なにしろ全部ホンモノですから。愛知万博で映像パビリオンよりも「トトロの家」が人気を博しているのは皮肉な現象で、いま人々が求めているのはホンモノのリアリティ(実感)なんです。長崎さるく博はその実感がいたるところにあります。
 自分たちのまちを観光客に楽しんでもらう前に、自分たちが楽しまなくっちゃと気づいた長崎人は、自分たちが率先してまち歩きをはじめました。丸山の料亭にも足を運ぼうとしています。自慢の魚をもっとおいしく食べてもらおうと考え始めました。グラバー園や復元出島や中島川の情緒を高めるアイデアも実現にうつすことにしました。そうです、長崎のまちは長崎人の手でつくるものだということを、実践しはじめました。こうして「長崎さるく博」は、すでに、いまからどんどん成長しつつあります。この点が、「はいおしまい!」の「万博」とは、本質的に違うことです。

 

 

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