長崎さるく博2004報告

∋毀韻本当にやるか、という不安

 あえて言うと、「長崎さるく博」は市民社会の理想を追求した“青っぽい”博覧会です。市民が主役といって、本当に主役にしているのですから。市民が自分のまちを主導するなんて、カッコイイじゃないですか。しかし、現実にはこんな危険なことはありません。市民なんて無責任なもので、口ばっかりで何もやってくれない、と思われていた時代がいままで続いていましたから。
 しかし、しかし、まちの催事(祭事が正しいでしょうが)を市民が主導するのは、古今東西、近代市民の常識だったはずです。この常識が崩れてなんでも行政任せになったのはつい最近のことで、画一的な都市政策が進み市民社会が崩壊したからに他ありません。伝統的な祭りが何よりの証拠で、負担と消費を含めて市民の手による祭事が本質ですが、近年では各地で行政負担と作業員の雇用化が進んでいます。「くんち」はまだ本質を維持している、むしろ珍しい例でしょう。
 正直にいえば、現代社会では、市民催事を市民の手だけで行うのは無理になっています。第一に資金負担ができません。税制が変われば資金も市民が負担できるようになるでしょうが、現状では無理です。そこで、行政がイベントのプロに発注するという形態にならざるを得ないんです。長崎「精霊流し」は、例外中の例外で、外国にはこのような例は多く残っていますが、日本では特筆すべきインディペンデントな(独立した・自立した)イベントです。
 しかし、「長崎さるく博」は、あくまで市民主導にこだわりたい。問題は、そんな市民が存在するか、でした。そして、この問題はすぐに解決しました。長崎市民が、なかなかやるんです。
 まず、市民プロデューサーという市民の存在を指摘しなければなりません。この人たちが、まち歩きに関して、どこをどのように歩くかを決めました。それも、コースにあたる地元も住民を巻き込んで、自ら歩いて、みんなで歩いて決めました。これはすばらしいことです。まち歩きの地図を業者任せにせずに自分達で作っちゃたんです。その結果は、昭文社や、るるぶや、じゃらんではない、地元市民こだわりの地図ができました。「まちづくりは地図づくりだ」と言い切る学者がいます。市民による地図づくりがどのように発展していくのか、期待は膨らみます。
 まち歩きのガイドさんは、この博覧会のキャラクターです。もちろん市民に担ってもらわなければなりません。長崎ではすでに制度化されていたボランティアガイドさんの100名余の方々が中核になってくれました。そして、驚くべきことに、フツーの市民から、主婦からサラリーマンから役人から学生から、100名近くの人々が「やってやろう」と自発的に応募されました。
 今のところ、市民主体、市民主導は「完璧」なように思えます。こんなことが、日本の都市で可能になろうとは思ってもいなかったことです。
 いわゆるイベントの制作は、地元の業者にこだわって委託することにしました。いわゆるイベントとは、オープニングやクロージングの大会、春・夏の大型野外イベントなどで、博覧会と称する限りはど派手な企画も必要だろうと考えました。一般の博覧会はこのようなイベントが主役なのですが、「長崎さるく博」ではまち歩きの演出として脇役扱いです。それらにもいわゆるタレントの出演はありません。市民がさまざまのものを持ち寄ってエネルギーを爆発させます。龍踊り(じゃおどりと読みます)や「ぶらぶら節」や胡弓や太鼓や爆竹やと、市民のお手のものは沢山あります。演出も市民の演出家にお願いします。制作は市内の業者さんのみにこだわりました。全部市民です。つまり、東京や大阪のプロの出番は、申し訳ありませんが、ありません。それでうまくいくかって? レーザー光線が縦横に飛んでコンピューター制御された照明が交錯し大音響が響くプロの技は必要ありません。そんなものがなくとも、本物の熱気があれば感動は生まれるはずです。観光客も、市民もその方が面白いでしょう、市民がどこまでやるかを、今回の「長崎さるく博」では楽しんでください。どうしてもプロの技を見たければ、近くのハウステンボスをお勧めします。東京の方ならTDSへ、大阪の方ならUSJへ。長崎は、市民の燃え立つ熱気で勝負です。
 思わず言葉が走ってしまいましたが、長崎市民はやるじゃないか、ということに私も気付いたということです。それを明らかにしてくれたのは2004年のプレイベントでした

Leave a Reply