長崎市民ならうまくやる

 「長崎さるく博」は、なにはともあれ市民がやる「博」であることを書きました。一言で言えば、自分たちの住み心地をよくするには自分たちがやるしかない、ということです。それをやることで長崎には市外からも多くの人々が訪れてくるようになります。「長崎さるく博」の仕組みは、そうなるように考えてあります(考えたのも市民です)。
 まず、日本の歴史、特に近代史に興味を持つ人には、まちを歩く(さるく)ということがこれほど好奇心をそそるまちはありません。目新しさだけを求めている若者には東京の渋谷やお台場やへ意識がゆくでしょうが、徳川幕府を倒した平民思想の芽生えや日本最初の重工業である造船業の成立、近代医学の始まり、国際関係の認識などはどのようにして生まれてきたかを問うと、すべての答えは長崎にあります。だから吉田松陰も勝海舟も坂本龍馬も高杉晋作も福沢諭吉も大隈重信もみんな長崎に学んでいるのです。幕府軍艦咸臨丸がはじめて太平洋を渡りサンフランシスコに上陸したとき、各種の工場を見学させられたが、チョンマゲ頭の日本人が驚くようなものは何もなかった。すべて長崎で学んでいた。と司馬遼太郎さんが「福翁自伝」にふれて紹介しておられます(「この国のかたち」)。そんな長崎が面白くないわけないでしょう。日本でたった一つの国際貿易港ですから、中華料理も、西洋料理も、ゴルフもビリヤードも、ガラス食器もコーヒーも、このまちから日本に紹介されたのは当たり前のことです。長崎だけが国際都市として中国やポルトガルやオランダの風物を受け入れ、それらが未だにいたるところで保存されています。いわく「わからん(和華蘭)まち」です。歴史に興味のある人がさるいていて楽しくないわけがありません。
 さて、長崎市民は「長崎さるく博」で何をすればよいのでしょうか。長崎市民は、自分たちの住んでいるまちの面白さ、不思議さをなんとなく知っています。しかし楽しむところまでは到達していません。戦後の復興から高度成長やバブルやと忙しくて自分たちのまちを楽しむゆとりがなかったのです。いま、やっと、そんなに素晴らしいまちだということに大勢の市民が気づき始めたのです。これから長崎市民のやるべきこと、一番大切なことは、長崎をさるいてまちを楽しむことです。誰かに案内してほしい、もっと勉強したい、こんな機会をつくろうとするのが「長崎さるく博」です。いえいえ、案内するガイドさんになるのも、勉強のテーマを発見し先生(長崎にはごろごろおられます)から学ぼうとするのも市民です。当たり前です、行政が身勝手に行政職員だけで楽しんだってなんの意味がありません(職員も市民として楽しむ権利はありますが)。
 市民がやるべきことの二つ目は、さるいて楽しくなるようなまちをつくることです。ここで行政と市民が協力しあいましょう。道路や坂段の道を補修したり標示を整えたりするのは行政の仕事です。商店や商店街の営業を活発にしたり、飲食店のメニューを楽しくしたり、商品まつりをやったり、さるいている人と会話をはずませたり、道を教えてあげたり、こんなことは市民がやります。
 3つ目に、行政と市民が一緒にやることは「長崎さるく」の仕組みを運営したり、グラバー園や出島の施設をもっと楽しくなるように運営したり、こんな「長崎ばさるかんね」と全国の人々に呼びかけることです。
 もっとも大切なことは、市民自身が長崎をさるくことで、そのことで自分のまちの魅力を知ることができる上、市内での消費活動が刺激されてまちの商業の活性化につながるからです。「さるく」の効果は絶大です。
 以上のことは、長崎市民ならうまくやれると私は信じています。市民がどれほど「保守的」であれ、「行政に懐疑的」であれ、このまちの面白さ、楽しさ、すごさを日本中で一番よく知っているのは他ならない長崎市民だからです。
 「長崎ばさるかんね」と市民の皆さんに呼びかけたい。いままでどれほど「一杯食わされて」きたかもしれませんが、あなたのまち・長崎はあなたを決して裏切ることはありません。あなたがさるけば、長崎はもっと楽しくなる。あなたがさるけば、長崎はもっと活力を得ることになる。そうすれば、観光客は必然的に増える。わかりやすい仕組みだと思いませんか。長崎は、そもそも、このようなことが可能になる「実力」を備えたまちなんです。 

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