Υ儻行政の曲がり角

 「観光とまちづくり(1)〜(4)」をお読みいただけましたか。観光は、間違いなくこれからの地域を支える基幹産業です。世界から、アジアから、日本の各地へ多くの観光客が訪れるようになるはずです(そうでなければ、日本の地方は単なるアジアの田舎です)。ところが、このような認識は、意外と地方の都市にありません。「都市観光」を考えたことのある都市は、日本観光協会のアンケート調査ではたしか6%程度だったと記憶しています。地方の自治体は「観光でうちの市町を支えるなんて」と、観光経済化を拒否しています。おそらく、観光とは旅館・ホテルと土産物店だと考えているんです。市町の経済は鉄や造船や自動車やコンピューターなどで支えるべきで観光で支えるなんてとんでもないんでしょう。この発想からは、日本の地方の将来は見えてきません。しかし、多くの自治体はここから脱却できないでいるんです。日本の都市が魅力ないのは、観光を最重要課題として意識しない発想に原因があります。
 今までの観光行政は、観光地旅館やホテルのセールス支援で旅行代理店に販売要請することや、キャンペーンと称して東京駅頭でポスター貼ってプレミアムを配ることや、観光バス利用者に補助金を配ることなどで、観光需要の受け入れ体制の整備やまちづくりの基準(スタンダード)に観光の視点を取り入れるなどまったく欠けています。東京都が、上海やソウルに負けない都市をつくるために、観光税を立ち上げて東京の観光的魅力の底入れをしようということにやっとなりました。
 私が考えるもっとも重要な観光行政の要点は、市民の総意としての観光都市づくりです。外からの観光需要を獲得し、その前に内需を盛り上げ、都市全体として活気ある観光都市を目指すには、そこに住む市民が総意として「すばらしい観光都市」をつろうということにコンセンサスを持たねばなりません。これがけっこう難しいんです。行政の主張が「観光なんて」と観光を軽視していることもあれば、市民・町民が「観光客で交通渋滞するだけ」と観光を忌避している場合もあります。両者とも、いままでの観光の古い概念にとらわれています。いまは、住みよい、美しい、誇りの持てるまちにするために、観光の視点が必要なのです。「観光」とは「光を観る」という易経の記述によります。
 長崎市が、誇りあるまちづくりのために、今一度、市民が総力をあげて観光に取り組もうとしています。伊藤市長も、40万市民も、この独創的で伝統あるまちを未来にむけて受け継いでいくために、いままでの受身の観光から脱却して自らがまちを楽しみ、あたらしい魅力をつくり、大勢の来訪者がその魅力をもとめてやってくる、そんなまちをつくろうとしています。
 日本都市の観光の将来のためにも、失敗することはできません。
 
 

One Response to “Υ儻行政の曲がり角”

  1. sayaka Says:

    たのしく読ませてもらっています。一つ質問。前に観光の個人化、個人の来訪者についての記述がありましたが、バックパッカーの若者もきっとその中に含まれるのですよね。私の(外国の)友人たちにバックパッカーとして旅行するのが大好きな人たちがいっぱいいて、日本での経験などを教えてくれます。彼等によると、宿泊施設が高いとか、英語の案内や地図が少ないとかいった不満があるにせよ、日本の田舎の人は皆親切でフレンドリーだからとても楽しいらしいです。町として来訪者を受け入れる体制がいまいち、または観光都市としての意識が欠落してはいるけれど、市民として来訪者を受け入れる文化(?)はそういう意味で育っていると思っていいのでしょうか。。。?

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